舞台裏トーク
約半年の間、小早川さんと最も身近なところで時間を共有していた西田征弘ディレクター、安田耕治カメラマンが久しぶりに再会。取材当時を振り返った。

取材に来たのは一番最後だったCBC
西:ドキュメンタリーを撮る前、ニュースの取材で小早川さんとは出会っていたんですけど、そのときはお宅の電話番号を104で調べて飛び込みでかけてみたんですよ。

小:それは初めて聞いた。新しい社長になって下請けは期待しているかどうかというようなインタビューだったと思うけど、ほかのテレビ局からも取材は何度も受けていたから。CBCが一番最後だったんじゃないかな?最初は韓国、それからフランス、朝日新聞が来て、それからTBS。あー、やっと地元かよ!って。

西:だから遅ればせながら、って電話で言った記憶がありますね。

小:最初は、かわいい子がきた〜って印象だった。それまでおじさんばっかりだったから。でもフランスの人はいい男でした。カメラマンが!(笑)
 
西:僕は、ものすごくよくしゃべる方だなというのが第一印象。単純作業をやっているのに、従業員の方の笑いが絶えない。ほかの工場とは全然違う印象を持ったんです。なぜなんだろうと興味を持ったのを覚えています。ただ、悲壮感が漂わないから、トヨタショックを描くときに代表格にしてもいいのかという思いはあったんですよ。結局、組織的見切り発車(笑)で、撮影が始まりました。

安:カメラマンとして一番苦労というか気を配ったのは、工場という空間がメインであるということです。繰り返しの日常風景から、どのように車社会の構図を描くかというのは西田にかかっていましたけれども、その材料を提供するのが僕の仕事なんで。狭い空間の中では撮れる範囲が決まっているので、構図を考えながら、どういう絵(映像)ができるものなのかを隅から隅まで探しましたね。それと、僕の撮影しているところを小早川さんは凄く見ているなぁと。いつも視線を感じていました。
直前に決まったタイトル「四畳半」
小:面白いんだよ!タイトルって「笑ってさよなら〜四畳半下請け工場の日々〜」だよね。撮影が終わって西田君から「小早川さん、工場の跡って何uありますか?」って電話かかってきて。
ちょっと待ってよ、測ってくるからって。そしたら「それ何畳ですかね?」って。最初は一坪、二坪とかって言っていたの。

西:タイトルが決まったのは放送直前でした。

安:なかなか決まらなかったね。

小:最初は「卒業」だったんだよ。

西:いろいろ考えました。「下請けランナー」とか「笑う下請け町工場」(笑)とか。これだったら賞は獲れなかっただろうな。「自動車不況と笑い声」とかね。(ノートを見ながら)なんかいろいろ書いていますね。「女子たち」(全員失笑)とかね。

小:編集に入ってからが大変だったと思うよ。ときどき飲みながら「西田、まだやっとる?」って電話するとね「やってます」って返事が返ってくる。

西:夜中に電話もらいましたね。

小:放送は、ご近所の人たちは本当にたくさん見てくださって、会いに来てくださる方もいてね。デイサービスの人も映っているんですけど、その中でも何人かはもう亡くなった。家族の方が番組を録画して親戚に配ったよーって言ってくれて。「おふくろの笑顔が残っていた」って言ってくださった人がデイサービスにボランティアに来てくれるようになったりしてね。つながっていきました。
でもね、後から近所の人に聞いたんだけど、撮影している間、近所では「CBCがうろうろしている。あそこの息子が何か警察沙汰起こしたに違いない」ってうわさになっていたんだって!ハハハハ〜!
プロデューサー CBC 大園 康志
プロデューサー CBC 大園 康志
プロデューサー CBC 大園 康志