ストーリー
 トヨタショックが中部経済を直撃。ナゴヤは元気を失ったと言われている。取材を続ける中、その枠組みに収まらない「元気な」女性が現れた。それが名古屋市南区で小さな工場(こうば)を営む小早川弘江さん。この番組の主人公だ。机と棚を並べただけの小さな作業場。広さはわずか四畳半。そこで小早川さんは、近所の主婦2人と楽しくおしゃべりしながら、1個つくっておよそ5円の部品を1日数千個作っている。自動車産業の4次下請けという工場が置かれた苦しい状況も笑い飛ばしてしまう、その不思議な魅力はどこから来るのか。
 おしゃべりが大好きな小早川さんが倉庫の中にある四畳半のスペースで手がけているのは自動車部品の接着作業だ。口も動かし、手も動かし、接着剤で部品と部品をくっつけて1個およそ5円。それを1日数千個くっつける。世界のトヨタ車、そのどこかに使われていると聞いたが、それがどこなのか小早川さんは知らない。
 ここはトヨタ自動車の下請けの下請けの下請けのそのまた下請け。在庫とムダを省く「かんばん方式」の中、“上の会社”から仕事が届くのはいつも前日の夕方。多いのか少ないのか、あるいは全く無いのか。その時までわからないばかりか、言われた数は必ず約束までに仕上げなければならない。それでも工場は小早川さんたちの笑いがいつもあふれている。
 エコカーブームで工場は大忙し。朝一番の仕事は、部品を「吹く」ことから始まる。吹きながら話すのは夫や子供、世間のこと。今日のテーマは最近家事を手伝ってくれるようになった夫の話。
 効率が下がるからと立って作業をするのが当たり前の自動車製造業界で、座っておしゃべりしながらの作業。小早川さんは独自の生産方式を貫いている。「トヨタショック」では半年間、仕事が全くなかったが、今度は仕事に追い立てられる日々。そんな中、小早川さんは決意を固めた。「笑ってさよなら」しようね、と。
 この10年、トヨタは生産台数を大きく伸ばし、そのおかげで工場にも「いい時代」があった。「この車のどこかに私たちの部品が使われている」と小早川さんは小さな誇りを胸に働いてきたのだ。しかし「いい時代」は短く、突然仕事がなくなった。
 10年前に工場を始めてからずっと、仕事が来るのは当たり前だと思っていた。毎朝工場に来て、おしゃべりして、笑い合って…。そんな毎日が続けばいいと思っていた。でも「トヨタショック」で知ったのは、このままでは仕事がなくなるかもしれないということ。今の仕事は長くは続かない。もう振り回されたくない。だから仕事のあるうちに従業員の再就職先を決めて工場を閉めよう。
 “上の会社”からは、まだやめてほしくないと引き止められ、仕事があるのになぜやめるのかと近所の人にも言われた。でも小早川さんの決心は変わらない。閉鎖を決めた今、皮肉なことに仕事が増え続けていく。
 いよいよ工場の最後の朝がやってきた。特別な1日の、普段と変わらない仕事。これから3人は別々の道を歩く。最後の出荷を見送り「やっぱり寂しいねー」と小早川さん。
 おしゃべりと笑い声がこだましていた工場は、夫の荷物置き場に。トヨタが再出発へと動き出したのに負けじと、小早川さんも再出発に向け動き出した。